ステップ12:これらのステップを経た結果、霊的に目覚め、この話を他の人達に伝え、また自分のあらゆることに、この原理を実践するように努力した。
STEP TWELVE: Having had a spiritual awakening as the result of these steps, we tried to carry this message to others, and to practice these principles in all our affairs.
アラノンのステップはAAのステップを採用していますが、一つだけ異なる箇所があります。それはステップ12の後半部分、この話を伝える対象が「アルコホーリク」ではなく、「他の人達」であるところ。
私たちがアラノンの希望のメッセージを伝える相手は、今なお誰かの飲酒の影響に苦しんでいる人たちです。
ステップ12の原点
最近、When Love Is Not Enough: The Lois Wilson Story というロイスの伝記を読みました(『アラノンの書籍紹介』をご覧ください) 。
この連載がちょうどステップ12に入ろうとする頃、本の中ではビルを中心とする初期のAAメンバーたちがこのメッセージをアルコホーリクたちに伝えようと奮励努力していました。
一人のアルコホーリクからメッセージが届けられた後に起きた霊的体験、自分のソブライエティのためにもう一人のアルコホーリクを必要とした経験、原理の実践よりも他のことを優先させたメンバーたちのスリップ。
これらの事実がステップ12を不可欠な要素にした一方で、家族たちはこの時代に特有の葛藤を抱えていました。もちろんそれが家族のプログラムを発生させることになるわけですが、もっとも近くで見ていたロイスでさえ、AAにとってのステップ12の重要性を本当の意味で理解するまで長い時間がかかった、という言葉を残しています。
1935年のAAの創始後、アルコホーリクたちを助けることにすべてを捧げたビルとロイスの生活は困窮しました。1939年には二人(+入れ替わり立ち替わりのアルコホーリクたち)が住んでいたロイスの生家も失い、ホームレスとなった二人がその後の2年間に移り住んだ先は51カ所に及んだとか。
二人がステッピング・ストーンズと呼んだ安息の地に落ち着いた1941年以降、ロイスはビルに付いて各地を訪れ、時おり家族の立場からの話もしていたようです。既にあちらこちらで家族が集まってミーティングを開いてはいたものの、グループは共通の指針がなく脆弱でした。
本格的な家族のプログラムと組織の創始をビルに勧められた時、ロイスは何を思ったのでしょうか。それは、彼女にようやく与えられたばかりの穏やかな日常を手放すことを意味したのですから。
私たちの応答
ロイスの決断から75年、私たちが今こうしてアラノンのプログラムを受け取っているという事実が、アラノンのステップ12の真価をはっきりと示しています。だとしたらこのメッセージを今必要としている人に伝えることは、私たちの責任であるはずです。
では、具体的に私たちはどうやってメッセージを伝えるのでしょうか。
アラノンに来る前の生活とプログラムの実践によって起こった変化を分かち合う、グループのサービスを引き受ける、アラノンを求める新しい人からの連絡を受ける、ミーティングに誘って一緒に行く、誰かのスポンサーになる、家庭でも職場でもこの原理を実践するように努力する、等々。
これらのどれもが燃料となって私たち自身の回復を促します。責任感や義務感が喜びに変わるまで、そう長くはかかりません。
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さて Twelve Steps『アラノンの回復の原理』の記事もこれで最後、次の章は The Al-Anon Slogans『アラノンのスローガン』です。
しかしその前に、When Love Is Not Enough: The Lois Wilson Story を読んで感じたアラノンの関係性について、いくつか考察記事を挟みたいと思っています。
それでは。「自分が置かれたこの場所で、私に何ができますか」という祈りと共に、How Al-Anon Works の第8章を終わります。
