先日『アラノンの書籍紹介』で予告した通り、When Love Is Not Enough: The Lois Wilson Story を考察する短いシリーズ記事をスタートします。
時折こうしたコラム記事の中で私の主観に基づく勝手な話をしております。特に本書はアラノンの承認文献ではないぶん、気楽にいけるかも。
私たちを愛する人々
書籍紹介の方でも少し述べたように、この物語を読んで最も私の胸に迫ったのは、ロイスと近しい人々との関わりでした。それはそのまま、アルコホリズムの影響を受けた私たちが延いては別の誰かに与える影響を映すものであるからです。
まずは「親」から始めるとして、ここで別に考えなければならないのは、私たちの親がアルコホーリクである場合。ここでは飽くまで、私たちのパートナー・友人がアルコホーリクである場合における親との関係性に限定しておきたいと思います。
ロイスの母 マチルダ
ロイスは恵まれた家庭環境の中で幸せな子供時代を過ごしました。5人兄弟の長子として、両親から一際大きな愛情と期待を受けて育ったようです。
父のクラークは医師であり、高い志を持つ厳格な人物でした。一方母のマチルダは柔和で心優しく、非常に信仰心の厚い女性であったことが限られた記述からも窺われます。
周りの人々に良い影響を与えるところがあったマチルダをロイスは深く尊敬し、自分も母のように「人を良くする力」を持ちたいと願うようになります。
マチルダはビルのことも無条件で受け入れました。9歳の時に両親が離婚して父と別れ、そのあと母にも出て行かれて祖父母に育てられたビルにとって、マチルダから受けた無償の愛は代えがたいものであったと想像します。
しかしビルは、マチルダが家族に見守られて息を引き取る瞬間に立ち会うことも、その後の葬儀に参列することもできなかった。
誰よりも何よりもいて欲しい時に限ってそこにいない。このやるせなさを、私たちの誰もが知っていると思う。
傷ついたことは認めながらも、ビルの本来の人間性と母に対する想いを知っていたロイスは、このとき却って夫の病の重篤さを知るよりほかなかったと、後に語っています。
20世紀前半、アルコホリズムは意志や道徳観念の欠如の表れとして今よりもずっと蔑まされていただろうと考えます。
そんな時代にあって、マチルダはビルの飲酒の問題を霊的な病によるものと捉え、病気の夫を支えようと奮闘する娘を励まし続けました。
しかし、この病が際限なくもたらす不条理、壊れてゆくビルと疲弊するロイスを見てマチルダが抱いた本当の想いとは何であったのか。それがようやくロイスに告げられるのは、マチルダが亡くなる僅か数日前のことでした。
共依存に物申す
この母と娘の姿もまた、現代においては共依存と呼ばれるのでしょう。
ここで一度、いい機会なので共依存についての私見を述べておきたいと思います。
共依存という言葉を、プログラムの内外でよく耳にします。
この言葉はそもそも私たち(アルコホーリクの家族)の症状を指すために使われ始めたのにもかかわらず、アラノンのメンバーが自らを共依存と名状することは稀です。アラノンの承認文献の中でこの言葉が使われているのを見かけたこともありません。
だからなのか、私は自分が共依存と呼ばれることに対して、どこか「陰で自分だけが知らないあだ名で呼ばれているような居心地の悪さ」を感じたりもします。
多くの言葉は時間と共にその定義や使われ方が変わっていきます。共依存という言葉も然り、時代の影響を激しく受けて意味も目的も見失われたまま、もはや雰囲気的に乱用されているだけのような気がする。
今ここで私にできるのは、人々が共依存と呼んだ家族の実情を内側の体験から語ること、そしてそこからの回復の道のりを示すこと。そう信じてこれを書いています。
母の最期の願い
さて、マチルダが病床でロイスにかけた言葉は何であったのか。
「自分の人生を生きなさい」と、母は言いました。そうしなければ、いつか目を覚まし、人生が奪われたことに対する怒りと恨みに自分自身が食い尽くされることになる。あなたはそうなってはいけない、と。娘は母にそうすることを誓います。
その後ロイスがいかにして彼女の人生を生きたのかを、私たちは知っています。それでは私たちは自分の人生をどう生きるのか。これはアラノンにとって、最大のテーマであります。
私自身と母の関わりは、ロイスとマチルダというより、ロイスと父クラークとの関係性に近いものがありました。それでは次回、父親編に続きます。
