【アラノンの関係性】アルコホーリク編

trees and pathway

When Love Is Not Enough: The Lois Wilson Story からアラノンの関係性を考察するシリーズを締め括る最後の対象は、アルコホーリクです。
アラノンにとって、アルコホーリクとの関わりは問題の核となるもの。通常、それは「私たちにアラノンの資格を与えるアルコホーリク」を指します。
とは言え、それは本書全体を通して考えるべき大きな主題であり(それだけで別のシリーズができそう)、How Al-Anon Works の連載を貫くテーマでもあります。
そのため、ここでは他のアルコホーリクのエピソードを幾つかピックアップし、(スピンオフ的に)アルコホーリクとの関係性を考えてみたいと思います。

さて、話は『友人編(2)』から続きまして、ロイスのスミス家訪問から数か月後のニューヨーク。
ビジネスでは一発逆転勝利ならずも、ビルは代わりにアクロンからある成果を持ち帰りました。それは「神に依り頼み、まだ苦しんでいるアルコホーリクに働きかけることによって自分も助かる」という、経験から得た謙虚な知見でありました。
ビルとドクター・ボブは連絡を密に取りつつ、それぞれの場所で熱心にその活動を続けます。その時すでに、ビルの夢は「金融街での華々しい成功」から「アルコホーリクの共同体の形成」へと替わっていました。

ロイスはデパートで働きながら、クリントン通りのアパートに出入りするアルコホーリクたちの身の回りの世話をしていました。
そんなロイスの姿は周りの人々の目にどう映っていたのか。少なくとも、その頃アパートを訪れた父クラークには、夫の飲酒からようやく解放されたはずの娘が、今度は夫の荒唐無稽な計画に巻き込まれているように見えたことでしょう(『父親編』を参照)。ロイスはビルを庇い、自分が好きでやっているのだと説いたわけですが、実際はロイスが一番自分の複雑な感情に混乱していたのです。

飲酒が止まった1934年末以降、ビルのソブライエティは二度ほど危殆に瀕しました。
一度目は『ソーバーライフ編』にも書いた、ビジネスに失敗し、アクロンのホテルで一人打ち拉がれた時。
そして二度目は、ロイスが「あるアルコホーリク」に心を奪われていることを知った時です。それをロイスの口から聞かされたビルは激昂し、飲んでやると叫んで家を飛び出しました。

そのアルコホーリクの名はラッセル、ビルが病院から連れて来て家に住まわせていたアルコホーリクのうちの一人でした。裕福な家庭の出の彼は、アイルランドからニューヨークに渡り、雑誌『ライフ』の記者をやっていましたが、やはり飲酒によってすべてを失います。
ロイス曰く、ハンサムで、それまで出会った誰よりも頭が良かったというラッセル。さりげなくキッチンにいるロイスとおしゃべりしたり、ロイスが働くデパートにひょっこり現れては休憩時間にロイスを散歩に連れ出したりしていたとか。

飲んでいるビルには自分が不可欠な存在だったのに、ソーバーのビルが必要としたのは他のアルコホーリクだった。その事実にロイスは傷つき、せわしい日常には二人の時間などありませんでした。
ラッセルはそんなロイスの寂しさを敏感に察したのかも知れないし、単に自分を満たすためにロイスを利用したのかも知れない。
いずれにしても、儚くも気まぐれな二人の関係は、AAとアラノンの歴史に影響を及ぼし兼ねない出来事へと発展することになりました。結果的にはその日、ビルは入ったバーから踵を返して仲間のアルコホーリクの元に向かい、一方のラッセルはビルが帰宅する前に荷物をまとめて姿を消しました。

後年その時のことを語ったロイスの言葉が身に染みます。
「いい年をして、私は世間知らずだった。人生や世の中のこと、愛や人間関係、それらがどうあるべきかについて、分かっているつもりでいた。でもいざという時になってみたら、私は何も知らなかった」

ちなみに、Lois Remembers ではこのエピソードが匿名で綴られており、The Clinton Street Boys という別の章の短い記述によれば、ラッセルのソブライエティは安定するまでしばらくかかったものの、ロイスの執筆当時(1976~1979)には30年を超えています。

ビッグブックの執筆に当たるそれからの数年は、ビルとロイスがアクロンへ行ったり、スミス一家がニューヨークに来たりと、互いの行き来が最も頻繁にあった時期。この、言わば激動の時代において、ロイスとアンの交流は双方にとって大きな支えであり、またその後の共同体形成の礎になったのだろうと想像します。

アクロンに帰るスミス一家を駅まで見送りに来ていた、ある時のこと。ドクター・ボブはロイスを脇に呼び、こう言いました。
「ビルのそばにいてくれたことにお礼を言いたい。それが私にとってどれほど大きなことか、わかっているよね」
そして『ドクター・ボブの悪夢』にも書かれ、家族へのメッセージとして広く引用されている言葉(ここに書くのは何となく憚られるので良かったらBBの251ページをご覧ください)をロイスに伝えました。

あらゆる行動が裏目に出るという家族の病の性質を知ると、私たちの多くはこれまでの自分を全否定することで整合性を保とうとします。しかしそれでは「私が~だから、~が回復しない」と考えるようなもの。
実直なドクター・ボブからのこの言葉は、時空を越えて私たちの心に温かく響きます。

ロイスと他のアルコホーリクのエピソードを取り上げてみたものの、それも突き詰めてみれば、ビルとの関係性が基になっていましたね。
AAの共同創始者の妻として、その後の生涯を通して大勢のアルコホーリクたちと関わったロイス。自分はアラノンである前にAAの一員だった、というような言葉を多く残しています。

最後に、ロイスと親友エリーゼのその後についての補足です。
養子縁組を巡る悲しい出来事が起きて以来、二人が疎遠になってしまったところまで書きました。
それからロイスに「機会」があったのは、20年後の1954年。たまたま電車の中で読んだ新聞の社会面に、フランクとエリーゼの末娘の結婚を報じる記事が載っていたのです。
ロイスはエリーゼに連絡し、二人は再会します。ロイスはエリーゼに過去の埋め合わせをしました。驚き、戸惑いながらもエリーゼはロイスの謝罪を受け入れ、ビルの活躍を称えました。また、その時初めてアラノンの創立を知り、「私が子どもの頃にあったらよかった」と言ったそうです。その後、二人の人生が再び交差することはありませんでした。

・・・・・・・

思い付きから始まった短いシリーズでしたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回から How Al-Anon Works の連載の方に戻ります。
先の内容を簡単に予告しますと・・・
「アラノンのスローガン」「変えられた態度」「デタッチメント/愛/許し」「自分をケアするということ」「コミュニケーション」といったラインナップになっております。それでは、また。

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