【アラノンの関係性】友人編(2)

green grass near body of water

“Everything after ‘but,’ is bullshit.”
「『でも・・・』の後は全部たわ言」

これは、夫の元スポンサーの言葉でした。彼は夫が再飲酒を経た後の初めてのスポンサーだったこともあり、私の心にも強く残っているAAメンバーの一人です。

それはそうと、これってアラノンにも当てはまりますね。私たちが「でも」を用いるのは何かを覆したい時。その何かとは大体、私たちに突き付けられている受け入れ難い現実です。私たちが拒絶しているのは自分の現実の方なのに、結果としてそれを告げようとする人たちや環境をも突き放してしまうのです。

友人編(1)』ではロイスと親友エリーゼの関わりに注目し、養子縁組を巡って二人の間に起きた出来事を話題にしました。その後エリーゼとは疎遠になってしまいます。きっかけは何であれ、友との別れをもたらした本質的な原因はロイスの否認にあったのではないでしょうか。
誰よりも助けを必要としながら、差し出された助けの手を掴むことができない。このジレンマこそが、家族側の本当の現実です。

『友人編(1)』の後に『ソーバーライフ編』を挟みました。そしてここからは、再びロイスの(その後の)友人関係にフォーカスを当てます。

ロイスがひたすらビルからの連絡を待つ日々を送る間、アクロンではAAの始まりとなる幾つかの重要な出来事が起こっていました。
本書に描かれている数々のシーンの中でも、ビルとドクター・ボブの出会いは非常に心打たれるものがあります。その奇跡的な巡り合わせはもちろんのこと、「15分しか話せない」と言いながら不承不承やって来たボブが打ち解け、最終的には7時間も話し込み、お互いの中で何かが大きく変わるところ。
自分の苦しみが分かる人を目の前にした時に安堵するのは、私たち家族にとっても同様。それは誰にも理解されないという孤独からの解放です。

その時ビルが味わった興奮と歓喜は、ようやく届いた便りを通してロイスの元にも伝わっていました。しかし夫の危機を救ったのは自分ではなく(またしても)もう一人のアルコホーリクだったという事実にロイスは落胆し、同時にそうした醜い感情を抱いてしまう自分を嘆きます。
スミス家に身を寄せていたビルは、ロイスに一度アクロンに来るよう懇願しましたが、一方のロイスはそれに応じず、とにかくビルに早く帰って来て欲しいと訴え続けました。そのうちに妻のアンから直々の手紙が届き、ロイスがやはり不承不承アクロン行きのバスに乗ったのは、ビルがニューヨークを発って2カ月が過ぎた1935年7月頭のことでした。

飲んだくれの友人がソーバーになって訪ねて来るというのも驚きでしょう。ならば「ニューヨークから来た大酒飲み」なる人物が突然現れて夫の飲酒が止まるという展開は、アンの目にどう映ったのか。アンはそれを、Godsendeと呼びました。「予想もしていなかった良き出来事がまさにそれを必要としている瞬間に起こる」といった状況を比喩的に表す単語ながら、当時のスミス家にとってそれは文字通り「神からの使い」そのものであったと想像します。

ロイスのわだかまり(少なくともボブとアンに対するものについて)は、二人に出迎えられた瞬間にすっ飛んてしまったとか。年齢はちょうど一回り上、信仰心厚く、賢明で愛情深いアンをロイスは心から慕い、その特別な友情は1949年にアンが亡くなるその時まで続きました。

夫諸共アルコホリズムの影響を受けたこと、不可解な恵みの中に家族が置かれたこと。それらの二人の共通項には、AAの共同創始者の妻という大きな役割が加わります。
二人の関係性をロイスの人生から見つめてみようとして初めて、私はアン・スミスという女性について何も知らないことに気がつきました。アラノンが創立されたのはアンの死後です。けれどロイスによれば、この共同体にとってアンの存在は欠かせなかった。その言葉の真意を知るべく、次はアンに関する書籍を読んでみようと思っています。いつかここで紹介しますね。

本書において、ロイスとアンの間に起こった出来事はそれほど多く描かれていません。その中で一つ、心に残るエピソードがあります。

それは二人の出会いから4年後の1939年、ロイスが生家の立ち退きを通告された少し後のこと。当時あまり体調が良くなかったアンが遥々アクロンからロイスに会いに来たのです。
今起こっている物事はすべて神の計画の中にあり、あなたはいつの日かその目的と意味を必ず理解する。アンはそう言ってロイスを街に連れ出し、一緒に映画を観て、美味しいものを食べました。

翌日、アンは(最後となった)クリントン通りのロイスの「キッチングループ」にも参加しています。アルコホーリクの妻たちは「ドクター・ボブの妻」とミーティングに参加できることを喜びつつ、ロイスの喪失を悲しみ、そのうちの何人かは「自分たちの家に好きなだけいればいい」と言いました。
それは純粋な親切心であり、また実際にそれができる環境だったのかも知れません。それまではビルとロイスが多くのアルコホーリクたちを受け入れていたわけですしね。

現在のアラノンでは、(もちろん例外はあるとしても)メンバーに物質的なサポートをすることは奨励されていません。自分にできること・できないこと、相手のためになること・ならないことを考えて行動するように心がけますが、それも簡単ではないですよね。それでも、自分の経験に基づいた話をすることはできる。アンの言葉もそうであったと考えます。

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先月、棚卸しが終わりました。性については他の記事でも何度か取り上げたように、私にとってそれはインティマシーの問題であり、すなわち相手を信頼し、相手の人格を尊重することであり、その関係性において私がもっとも難しさを感じるのは夫。スポンサーに聞いてもらって具体的に祈り始めること数週間、私に乳癌が見つかりました。
できることなら家族に知られずに治療を終えてしまいたい。真っ先にそう思った。「まったく、HPらしいチャンスのくれかた・・・」と、スポンサーは言いました。夫を始めとする皆に助けてもらう、自己完結しない生き方の練習をする毎日です。

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