【エッセイからの考察】子どもの立場から見たアルコホリズム

person standing on road

私の知る限り、父が医師から「アルコール依存症」であると診断されたことは一度もない。
潰瘍や癌を発症したときも、医師は飲酒について何の言及もしなかった。そして私たち家族もまた、長年あれだけ父の飲酒に悩みながら、とうとう最後まで父とアルコール依存症を結びつけることはなかった。
これは今の私にとって、自分のことながら非常に理解に苦しむことである。

私が子ども時代を過ごした1980年代、依存症に対する世間一般の情報や理解は今よりずっと乏しいものだった。それは必然的に偏見や誤解を生み、依存症が強く蔑視、かつタブー視されていたことは想像に難くない。
職についていて身なりもきちんとしていた父と、あの頃私たちが勝手に抱いていたアルコール中毒者像(当時はそう呼ばれていた)は、余りにもかけ離れていたのだ。

そうやって年中ゴタゴタしつつも、周りの人々からすると一見普通で仲だって良さそうな家族は、どう考えても問題のある「ある事」について向き合うべき人が向き合わず、指摘すべき人が気に留めず、助けが必要な人が助けを求めないといった内外の要因によって、どんどん孤立していく。それと同時に問題は、問題そのものから、問題を見ないという問題へと広がっていく。

孤立した家庭の中でアルコホリズムがもたらす混乱は、飲酒による外的な結果ばかりではない。
我が家では父と母の間に常に見えないコントロールや駆け引きが交差し、父の価値と母の精神状態は父の行動によってその都度上がったり下がったりした。そうした内的な一貫性のなさは、誰よりも秩序を必要とする子どもを振り回し、緊張や不安を生み出す。これに言葉や身体による暴力が加われば、状況がどこまでも悪くなり得ることは火を見るよりも明らかである。

それから三十数年の時を経て、私は自分が再びあの時と同じダイナミクスの中にいることを発見した。まさに私は当時の母であり、娘は当時の私だった。世代連鎖は、ある意味とても自然に、音もなく起こる。