これまでの振り返り
6月に行われた第1回目のスタディでは「私がアルコールに対して無力であることの意味」に目を向け、ここで「アルコール」が具体的に指すもの、また無力の根拠について確認しました。それは、どちらかと言えば無力をコンセプトとして捉えるような作業でした。
一方、7月のスタディでは本格的にテキストの本文に入り、なぜ無力を認めることが難しいのかという一つ目の問いのもと、現実が見えないこと(歪んだ考え・妄想)、無力との直面、無力に対する抵抗といった経験を分かち合いました。その目的は、実際の体感を思い起こすことを通して難しさの背後にあるものを探ることでした。
無力と手に負えない人生の関係性
第3回目となった昨夜は、unmanageability(手に負えないこと)に関する二つ目の問いに移りました。一人のメンバーがシェアしてくれた「アディクション(共依存症)が自分の人生の各領域にどんな影響を与えていたか」という表を見ながら、手に負えなくなってしまったそれぞれの人生を家族/仕事/健康/友人/金銭・財産/趣味・社会活動の各領域に当てはめて分かち合いました。その様相は実にさまざまです。けれど、自分の力が到底及ばない物事を自分の力でどうにかしようとする試みが私たちの人生を手に負えないものにしていることは、一人一人の経験が明白に示していました。
狂気をもたらす私たちの信念
昨夜はさらに三つ目の問いに進み、私たちが「(~を変えることができるという)間違った信念」にいつまでもしがみつく理由について考えました。ここでもいろいろな興味深い経験、意見や疑問などが交わされました。
目の前に問題があれば、それをどうにかしなければいけないと考えるのは自然なことです。アルコホリズムという巧妙な病に翻弄され、ほとんど狂信的に、あるいは無自覚に私たちを突き動かしてきた信念は、私たちが思いつく唯一の「解決」でした。しかしこの解決はもう役に立たず、周りの人々や自分自身を傷つけるものであること──最後はみんなでここへ到達できたかと思います。
もう一つの見えない壁
ミーティングが終わる頃、否認という言葉がでました。アラノンが定義するアルコホリズムの影響(強迫観念・不安・怒り・否認・罪悪感)の中でも、否認は特に厄介なものの一つであると思われます。
来月のスタディで取り組む四つ目の問いでは、ステップ1を踏もうとする私たちの弊害になり得る否認についてあらためて考えます。より正面からステップ1に向き合うにつれて、話し合う内容も重くなってきました。落ち着いて、一歩一歩進んでいきましょう。
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次回のスタディは、9月7日(日)20時になります。その頃には少し涼しい風が吹いているといいですね。
