AN ATTITUDE OF GRATITUDE

A blue wall with a bunch of pink boxes on it

以前ある記事の中で、94歳になる従伯母の話をしたことがあります。私の母と姉妹のように育ち、現在母とは絶縁状態にある従伯母のことです。
戦時中、私の祖父は香港で事業をしており、祖父と祖母、曾祖母とこの従伯母を含む一家は香港で暮らしていました。そこに母が産まれると、祖母は心臓病を患って寝込むようになりました。日本で治療を受けさせるため、曾祖母は病気の祖母と当時12歳の従伯母、産まれたばかりの母を連れて日本行きの船に乗ったものの、祖母は船の上で亡くなってしまいます。その後3人でどうやって日本に辿り着いたのかという話を、従伯母から繰り返し聞かされました。当時こうしたドラマは家族の数だけあったことと想像します。
ところで、実は最近この従伯母から、「感謝しなさい」と言われたのです。私の乳がん治療の話をしていて、家族に対する感謝のことだったかと思うけれど、こんなストレートに感謝をするようにと言われたのも久方ぶり。ちょうど本記事を書くために「感謝」について考えていたところだったので、何かに自分の本性が見透かされたようでドキリとしました。

・・・・・・・

それではあらためまして、本章のサブタイトルである「gratitude(感謝の念)」「expectitation(期待)」「serenity(平安)」という三つのキーワードから、まずは gratitude を取り上げ、「変えられた態度」についてもう少しだけ掘り下げてみたいと思います。

gratitude とは、「自分が受けたことに対してありがたく思う感謝の念」を意味します。
被害者意識、その境遇を嘆く自己憐憫、人生に対する諦めや消極性は、アルコホリズムの進行とともに家族が陥る代表的な心理状態であると言えます。そうした自己破滅的なマインドセットから、状況を肯定的に受け入れ、自分の人生に積極的に関与するようになるというトランスフォーメーションは、まさに「変えられた態度」の象徴であります。
アラノンの序文が謳うように、そうした姿勢は回復を促すものであり、またそれ自体がアラノンの回復であると言い換えることもできると思う。しかしながら個人的には、gratitude を最初に挙げられてしまうと、少し畏まってしまうような気もしています。
誰かに助けを求める。自分の間違いを認める。グループのサービスを担う。アラノンに来ると、私たちはそういった選択をするようになります。小さな一歩であるとしても、私たちの多くにとってはそれこそが新しい態度です。そしてそれは変化のプロセスに不可欠であり、その先に続く回復の大切な土台となります。これをすっ飛ばして無理やり自分の考え方を180度変えることなどできないわけですが、それをあれこれ自力で試してみることも、それは自分が望むようにはできないのだと思い知ることも、私たちの態度が変えられるために必要な経験なのかもしれません。

「expectitation(期待)」と「serenity(平安)」については、また次回に。

最近何かと話題にしている THE SPIRITUALITY OF IMPERFECTION から、gratitude が分かりやすく定義されている箇所を引用して終わります(前章では「release(解放)」について論じられている)。

Because Release is a gift─a reality not earned, not merited, not attained in any way─there flows naturally from the experience of release, the experiencing of Gratitude. Gratitude can best be defined and understood as the only possible response to a gift, to something recognized as utterly, freely given. Gratitude is the vision─the way of seeing─that recognizes “gift.”
[「解放」は贈り物である。つまり─何かをして稼いだものではない、当然受けるべきものではない、努力して達成したものではない現実─である。そこでは自然に、解放された経験から、「感謝の気持ちが湧く」という経験が生まれる。感謝は、まったくの無償で与えられたものとして認識される何か、つまり贈り物に対して唯一起こり得る反応である。感謝をそのように定義し、理解するとよい。感謝はビジョンである。つまり“贈り物”を認識する─物の見方─なのである。(拙訳)]

Kurtz, E. & Ketcham, K. (1992). THE SPIRITUALITY OF IMPERFECTION