アラノンの第三ステップ(3)WE GET OUT OF THE WAY

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私はいつからこれほどまで「任せるということができない」人間になったのだろうか。
「私が一番わかってる・できる」という情報はどこから得たものだろうか。
そして「そうでなければならない」という信念と、「そうでないことに耐えられない」プライドは、どのように築かれたのだろうか。
アラノンに来たとき、私の自我は、もはや誰の声も届かないほどに膨れ上がっていました。

ステップ3の『イントロダクション』では、self-reliance という言葉に言及しました。
それとは別に self-sufficiency という言葉があり、これもまたアラノンにとって重要なキーワードです。
主に「自給自足」という意味で使われるほか、人の助けを必要とせずに自分のことは自分でこなし、問題を処理することができる個人の資質を指すこともあります。AI Overview によると、この資質を持った人は「independence(非依存性)」と「resourcefulness(高い処理能力)」によって特徴づけられます。

私の本来の気質のことはよくわかりません。
それでも、アルコホリズムと共に生きる家の中では、いつも「ある側」に置かれました。当てにされる側。整える側。常にしらふの側。その特殊で小さな環境に限っては自分が優越な存在であり、またそうでなければならないと考えるのは避けがたいことなのかも知れません。
それを裏付けるのは、self-sufficiency に対する努力と憧憬がアラノンの最大の特徴であるという事実です。

Oxford English Dictionary に、興味深い記述がありました。
self-sufficiency は初期の用法において、もっぱら神の属性を特定する言葉であったようです。私たちがこの資質を目指すことの傲慢さを物語っています。

だからこそ私たちは、神に座を譲らなければなりません。
『インストラクション』の冒頭に書いたアラノンメンバーの言葉を借りるならば、私たちは道を空けます。彼女の話は私たちの現実です。この現実を恐れない家族がいるでしょうか。
けれど今の私たちは、現実を見ようとしない強情な自我がもたらす真の危険性を知っています。かつては想像さえできなかった勇気を持つことができるのは、目の前に「現実を生きている」アラノンの仲間がいるからです。

そうして私たちの意志と生き方を神の配慮にゆだねます。実際には何度も忘れては思い出し、一からやり直すプロセスを繰り返します。それでも確実に少しずつ、そのサイクルの長さと頻度は減っていきます。

自分の意志と生き方をどうやって神にゆだねるのか?
何を以ってそれを決心したと言えるのか?

壮大なテーマのように聞こえますが、私たちにできることはシンプルです。
神の助けと神の意志を求めて祈ること。それがステップ3の唯一のデモンストレーションであると考えます。