“DON’T PRETEND.”
これは、私が夫に言われると非常に不快に感じる三つのフレーズのうちの一つです。
嫌悪するのはそれらが図星であり、私の姿を浮き彫りにするから。その三つの言わば欠点は、私のアラノニズムの特徴でもあります。
必ずしも多くのアラノンに当てはまるものではないかも知れませんが、軽い12ステップ英会話コラムとして読んでいただければと思います。
pretend とは「to behave as if something is true when in fact you know it is not, in order to deceive people or for fun(人々を欺くため、または楽しみのために、事実と異なることを知っていながら事実であるかのようにふるまうこと)」。英日辞書には「〜のふりをする、〜だと偽る」(他動詞)、「取り繕う」(自動詞)などの意味が載っています。
そもそも、人はどんなときに pretend するのでしょうか?子どもが何かの役になりきって遊ぶとき、誰かのためにサプライズのパーティーを計画するとき、何かの悪事を誤魔化したいとき。
そんな状況において、人は意識的に pretend しますよね。そこには必ず目的があります。ごっこ遊びはなりきるからこそ楽しいのであり、パーティをサプライズで開くのは誰かを喜ばせたいからであり、悪事を隠すのは自分が得たいものを逃したくないからです。
それでは、アラノンと pretend の関連性について考えてみます。How Al-Anon Works では、「否認」を簡潔に叙述する段落の一文目に pretend が登場します。
「Sometimes those who are close to the alcoholic begin to pretend.(時にアルコホーリクの身近にいる人々はpretendし始める)」
確かにpretendは、否認の行動を言い表わす動詞の代表格であると言えます。
ところで、pretend に「that 節」や「to+動詞」などの目的語をとらせることで、その様子をより具体的に描写することができます。
・The children are pretending to be asleep.
(子どもたちは眠っているふりをしている)
・I pretend that I am happy even when I am sad.
(私は悲しいときでも幸せなふりをする)
一方、冒頭に挙げたフレーズと How Al-Anon Works の引用文の pretend は自動詞であり、目的語をとりません。
この場合、pretend を日本語でどのように表現することができるか・・・このことにいつも悩みます。意味的には「取り繕う」が一番近く、かなり言い当てているとも思う。それでも言い足りないと感じるのは、やはり pretend というたった一つの単語が、アラノンのあり方を余りにも雄弁に物語るからなのだと思います。そしてそのあり方は決して一様ではありません。
攻めか守りで言うならば、私は守りであり、恐れや煩わしいことを回避する傾向にあります。アラノンにつながる前の私は、ほとんど死んだふりをしているようなものでした。それほどに、何も受け止められなかったのです。
最後にこの台詞を聞いたのは、もうずいぶんと前のことになります。現実は相変わらず手厳しいものですが、そこに留まる力を求めることを教わりました。
