アラノンの第七ステップ(1)予の辞書にaskという言葉はない

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ステップ7:自分の短所を変えて下さい、と謙虚に神に求めた。

STEP SEVEN: Humbly asked Him to remove our shortcomings.

たった7つの単語から成るステップ7における動詞は ask。

ask には主に、「求める」「(~に~して欲しい)と頼む」「尋ねる」などの意味があります。
そしてステップ7では、この「求める」がそのまま、前回の記事の終わりに上がった「どのように神に欠点を取り除いてもらうのか」に対する答えとなります。

人の話を聞く、自分の非を認める、褒め言葉を素直に受け取る、怒りを健全に表明する、悲しい時に悲しむ。アラノンに来て、私たちはさまざまなことを学びます。その中でも「助けを求める」ということほど重要かつ不可欠であり、同時に難しいものはありません。

少し前、夫に言われると非常に耐えがたい言葉を紹介する、という変なシリーズ記事を書きました。耐えがたいとは言えないまでも、言われるとうろたえてしまう言葉がここにも一つ。はい、それはまさに ‘‘Just ask!” であります。

どんな時に言われるかは・・・もうお気づきですよね。それは、私が何か夫に頼みたいことがあってもそれを直接伝えずに、心の中でひっそりと期待している時です。

同じようなシチュエーションで、義父はよく義母に「君の頭はガラスでできているわけじゃないんだよ」と言っていたそうです。婉曲的な物言いはアイルランド人特有のものだとか。
日本人なら何て言うかしら。「言ってくれたらやるのに」とか?「言われなくてもやれ」と、私なら思うでしょう。
義父はまた、「俺はエスパーじゃない」とも言ったそう。いちいち面白い人ですよね。義母はそういう時に何を思ったのだろうか、と考えます。

‘‘Just ask!” と言われる私は、「どうして私はお願いしなければならないの?」と思う。そしてそう思う裏には、私はこれまであらゆることを頼まれる前にやってきた、という自負があります。

「誰かの権利や責任を奪わない」も、私がアラノンで学んだことの一つです。

私たちが助けを求めることができない理由については、これまでの記事の中でもさまざまな観点から考えてきました。とりわけアクティブ・アルコホリズムの渦中にいる場合、ささやかな抵抗など病のダイナミクスに音もなく弾き飛ばされます。

けれど現在の私自身について言えば、プライドが許さない、拒絶されるのが怖い、などといったことも理由にあるものの、自分が思う通りのアウトカムでないと気に入らない、というのが本当のところです。

誰かに何かをお願いした以上、その過程や結果は私たちの手中にはありません。例えば夫に食器の後片付けを頼みながら、横で洗い方やら拭き方やらを細かく指図したとしたら・・・どうなるかは目に見えていますよね。

How Al-Anon Works は、私たちの多くは神の助けが必要であると受け入れた後も、自分にとって必要な物事を自ら決めてリストアップし、それを神に手渡す、と述べています。そしてそれは謙虚さではなく、自分の意志であると。

私たちの未来と行動を本当の意味で神に委ねる。そのような助けを求めるとは、‘‘to take a leap of faith”(確実な保証のない事柄について、ひとまず信じてやってみること)であると、How Al-Anon Works は続きます。

その結果は、世界中のアラノンメンバーたちの経験によって示され続けています。
それが私たちの想像を超えたものであり、さらにその経験の積み重ねが確信につながっていくという事実も。

次回「humbly(謙虚に)」について少し考えてみてから、第八ステップに進みたいと思います。