今回は、ステップ5の「一人の人間に対し、自分の誤りの正確な本質を認める」について考えます。
一人の人間とは
この「一人の人間」に関して、アラノンのどの書籍にも「相手を選ぶことの重要性」が言及されています。
ほとんどのメンバーはスポンサーまたは信頼できるアラノンの友人を選ぶ、と書かれている一方で、聖職者やカウンセラーなどを選ぶ人もいるとか。
また、避けた方がよい相手として自分の家族とアルコホーリクが挙げられています。
自分にとってのアルコホーリクに棚卸しを読み上げるなんて想像するだけでホラーですが、複数の書籍に書かれているところを見ると、それは実際に少なからずあったアラノンの経験なのかも知れません。
初めはスポンサー以外の選択肢について取り上げられていることを不思議に思ったけれど、5、6年前までの日本がそうであったように、スポンサーを見つけることができない状況にある人もいるのでした。喉元過ぎれば熱さを忘れる、とはこのこと。
ここで一つ、AAメンバーのパートナーを持つアラノンメンバーによる興味深い証言があります。
ある人(もちろんパートナーではない誰か)に対する恨みにとらわれていた時、パートナーからAAの恨みの棚卸しのやり方を教えてもらい、それを書いて聞いてもらったらすごく効果があった、というもの。それも一人や二人の話ではありません。
そうなると、こと恨みに関してはアラノンのステップ4&5はあまり効果的ではないのだろうか、という疑問が湧いてきますね。それについてはここでは掘り下げず、機会があればその時にあらためて考えてみたいと思います。
こうしたスポット的な棚卸しや致し方ない理由がある場合を除いて、ステップワークを導き、伴走してくれるアラノンのスポンサーは、やはり私たちの棚卸しを聞いてもらうのにもっともふさわしい相手であると言えるでしょう。
秘密という名のコントロール
以前『家族の夜明け』という記事の中で、「自分は唯一無二だ」という信念が孤立を形成し、秘密を生み出す、と書きました。また、アラノンでは「私たちの秘密の大きさがそのまま私たちの病の大きさである」と言われることも。
それでは「私たちの秘密」とは何でしょうか。本当のところ、私たちはいったい誰に・何を・何のために隠しているのか。
棚卸しを書き出す過程において、私たちは過去の様々な出来事や自分の行いを振り返り、現在抱えている問題に向き合います。それをもう一人の人に分かち合う中で、私たちは自分の体験とそれに伴う苦悩が決して自分一人だけのものではないことを知ります。
それが誰にも理解されるはずのない、自分だけの恐ろしい本性であると信じてきた私たちにとって、この経験がもたらす安堵と慰めはとても大きいです。
同じ問題を知り尽くし、私たちの真の姿に客観的な光を当ててくれるもう一人の人がいることで、内罰的になり過ぎることなく、あるいは正当化したり否認に逃げたりすることなく、自分の誤りの本質を認めることができる。
隠しているもの、また隠す理由が何であれ、それは何かを思い通りに動かそうとする情報操作であります。これまでの孤立した生き方を変えようとするならば、私たちはこの守りを緩めなければなりません。
ステップ5は、自分一人ではやり切ることができないステップの一つです。このプロセスを信頼し、唯一の要件「正直であること」に徹してもう一人の人の肩を借りれば、後はHPが必要な結果を運んでくださる。
これが、多くのアラノンメンバーたちの経験です。
