ステップ5:神に対し、自分自身に対し、いま一人の人間に対し、自分の誤りの正確な本質を認めた。
STEP FIVE: Admitted to God, to ourselves and to another human being the exact nature of our wrongs.
今回からステップ5に入ります。
このステップでは文字通り、ステップ4の棚卸しで探り当てた「自分の誤りの正確な本質」を、神と、自分自身と、もう一人の誰かに対して認めます。
アラノンのステップ5の流れ
前回の記事では、Blueprint for Progress Al-Anon’s Fourth Step Inventory の内容とアラノンのステップ4の特徴について述べました。
この形式で棚卸しをする場合、すべてを書き上げてからステップ5に進むやり方はあまり現実的ではありません。
そのため、ほとんどのメンバーは「主題」ごと、あるいは時間枠の中で進められるだけ、棚卸しの書き込みと分かち合いを交互に並行して行っているようです。
前半に「正直さ」「恐れ」「恨み」、後半に「愛」「成熟」「性」などが並ぶ主題の順番から見ても、話を聞いてもらい、フィードバックを受けながら進めていくことで自分の問題により気づきやすくなり、難しい主題にも向き合いやすくなるというメリットもあります。
神に対して認める
夫の父親は、何かと言えば子供たちに「いい子にしていないとバッド・ファイア(地獄)に行くことになる」と言ったそうです。
当時は躾けという名目のもと、子供に言い聞かせるために都合良く宗教が使われていたのだと想像します。今だってそういったコントロールは様々なスケールで行使されているだろうけれど。
一方で、少なくとも私が育った環境においては、罰する神の刷り込みのようなものはあまりなかったように感じています。良くも悪くも、我が家は宗教観や倫理感が希薄でありました。
それでもなお十分に、何か後ろめたいことがあると神から顔を背けたくなる感覚は、私の中にも存在しています。
神の前に潔白でいたいという願望は、誰もが持っているものなのかも知れません。
この第1の対象、つまり「神」に対して認めるということについて、How Al-Anon Works はその目的を「神の前で “come clean” するため」と述べています。
come clean とは「これまで隠してきた秘密を正直に打ち明ける」という意味。
そうしてこの霊的な関係性において、自分が偽りのない実際の状態であることを許す、と続きます。
この「許す」というところが重要であると考えます。なぜなら多くの家族にとって、神の前に偽りのない、つまり欠点だらけの自分であることを許さないのは「神」ではなく、私たちの方であるからです。
受け入れられるための基準や条件を自分が決めるなんて、ものすごく傲慢なことですよね。
しかしここで求められているのは、正直さのみです。
自分自身に対して認める
自分の誤りを認める第2の対象は、「自分自身」。
How Al-Anon Works には、言い換えるならばこれは自分の責任を負うことである、と書かれています。
それはつまり、自分の行動や態度を正当化しない、周りのせいにしない、過去の過ちの言い訳をしないことであると。
ここでは「責任」が大きなポイントです。
家事・子育てから家計の切り盛り、大小様々な惨事の後始末まで、すべてを担ってきた家族にとって、自分の責任であるものとそうでないものを判別するのは非常に難しい。
それでも、自分の誤りの本質を自分自身に認めることこそ、私たちがまず初めに迷わず負うことができる「自分の責任」であると考えます。
それでは実際に何ができるのかという具体的な行動に関しては、第3の対象であるもう一人の誰かとの分かち合い、また後続のステップにおいても一緒に考えることができます。
その「一人の人間」に対して認めることについては、次の記事で引き続き考えていきましょう。
さらに、「才能や強みを否定しないこと」も同じく私たちの責任であると書かれていますが、過剰な自卑はまさに自分ができることに対する責任の放棄であると言えますね。
