ステップ4:探し求め、恐れることなく、生きてきたことの棚卸し表を作った。
STEP FOUR: Made a searching and fearless moral inventory of ourselves.
How Al-Anon Works の連載は、今回からステップ4に入ります。
本来であれば、ステップ3での決心と同時に行動に移らなければならないところでした。ステップの中でも最もモメンタムが肝要である時にこれだけ間を空けてしまったことを、お詫び申し上げます。
今後はテンポを崩さずに連載を続けていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
さて、今年の6月にスタディ・ミーティングがスタートして半年、現在ステップ1の真っ只中にいます。
アルコホーリクとの続柄、アルコホーリクの状態、私たちとの現在の関係性等を含むアラノンメンバーの環境がさまざまであることは、これまでも幾度が話題に上りました。
スタディでは、このアラノンの特性が無力の対象の理解に少なからず影響するものと考え、状況を多角的に、原理を普遍的に眺めながら、ステップ1の学びを進めています。
そしてこれから取り上げるステップ4もまた、アラノンの多様性に左右されやすい側面を持っているように感じています。
とは言っても、家族の状況が関わってくる(かも知れない)のはステップ4の原理ではなく、その目的に向かうためのアプローチの方です。それについては次回以降、アラノンの棚卸しをいくつか紹介する際にあらためて考えてみたいと思います。
話は変わりまして。
私には93歳の従伯母がいます。
まだまだ元気に一人で暮らしているこの従伯母と、最近よく一緒に出かけるようになりました。おしゃべりな従伯母は、昔のいろいろな話を聞かせてくれます。
家族の遠い過去というのは興味深いものですが、従伯母の話に少々混乱させられることも。従伯母が語る家族の軌跡や人物像が、私が母から聞いてきたものとはずいぶん違っているからです。
従伯母と私の母は、子ども時代を共に暮らし、年の離れた姉妹のように育ちました。ところが彼女たちは以前から馬が合わず、現在も長いこと音信不通の状態が続いています。
二人の不仲と記憶の相違の関連性はともかくとして、双方から話を聞いていると、家族の出来事の一つをとってみても二人は常にまったく別の見方をしてます。
年齢も立場も違う二人の人間が見ているものが同じではないのは当然のこと。
けれども従伯母と母、それぞれの視線の先にあるものを斜め後ろから眺めてみると、どちらも自分が見たいものだけを見つめ、またそれが揺るぎない「事実」であると信じていることが分かります。
「事実」は、ステップ4のキーワードです。
ステップ1で、私たちは初めて「これまで事実だと信じてきた事を疑う」というプロセスを踏みました。信じていたものが崩れるというのはショッキングな経験です。
そしてここで、本当の事実を探し求め、恐れることなくそれに向き合う。それがステップ4の棚卸しであります。
本当の事実を見つけると言っても、探偵のようにあらゆる真相を突き止めるわけではありません。
実際に私たちの多くはこれまで「自分以外の人たち」の棚卸しをしてきたことでしょう。今度は自分以外の人たちのことはすべて棚上げし、「自分だけ」の棚卸しをします。
一度、従伯母と母の仲を取り持つことはできないだろうかと試みたことがあります。お互いに「相手が変わらない限り自分は歩み寄らない」と譲らない姿勢であるのを知り、早々に諦めることになりましたが。
「相手が変わらない限り自分は~しない」と決めた時点で、私たちの未来は相手の挙動に握られます。
ステップ4の棚卸しは、延々とフラストレーションを生み出し続けるこのトラップから私たちを切り離してくれるものでもあります。
それでは次回、なぜ棚卸しをするのか、またどのようにやるのかについて見ていきましょう。
