8月の振り返り
先月のスタディでは、手に負えなくなってしまった私たちの人生、また私たちが「自分には~を変える力がある」という信念にしがみつく理由について話し合いました。
信念を手放さない理由に対し、過去に成功体験があったことや、自分が誰かを変えようとしているなんて考えたこともなかった、といった意見が上がりました。
「夫が酒をやめて心を入れ替えてくれれば」「まず親が過去の謝罪をすべき」「こういう自分になりたい」などと願って何かを変えようとする行動は、決して分かりやすいコントロールばかりではありません。それは巧妙な操作や防御から補償行為的な頑張り、はたまた抑圧や否認まで、さまざまな形をとって現れます。
変化と解決
How Al-Anon Works の『ロイスの物語』の後に、ロイス自身のステップワークに関するごく簡潔な記述が収録されています。
そのステップ1のところでは、ビルの頭をこじ開けてねじを締め直し、自分が正しいと思う方向へ動かしてやりたかった、というようなことが書かれています。そして彼女自身もまた、アルコールに対して無力であったとも。
かつては誰か・何かが思い通りに「変わる」ことが私たちにとって唯一の解決であり、現在私たちが取り組む12ステッププログラムが言う解決も「変化」であるところ、その違いは何であるのか。
一昨夜のスタディでは前回の振り返りと共にビッグブックから『医師の意見』を読み、あらためてこの二種類の「変化と解決」について考えました。
変える/変わる/変えられる
アラノンに来ると、自分に焦点を当てるようにと勧められます。
それまでは意識が外側ばかりに向いていたわけですから、確かにまずはそれを内側に向けなければなりません。けれどここで変えたい対象が単に周りの人々から自分に置き代わるだけであると、非常に辛い状態に陥ります。自分にその力がないことは、もうすでに手に負えなくなった私たちの人生が示してくれているのですから。それではどうしたらこの変化が起きるのか?
「幾つかの簡単なルールに従うだけのこと」
『医師の意見』には、それがただ一つの必要な努力であると書かれています。
さて、長くなった振り返りの後は新しいストーリーを読み、その中からピックアップした以下のポイントについて、それぞれが自身の経験に照らし合わてディスカッションしました。
・自分が一番分かっていると考えること
・ステップ1が戻してくれる人生の正しい視点とは
・「周りの人々に対しては無力であっても自分に対しては無力ではない」の真意
・愛する誰かは自ら過ちを犯し、その結果(それが私たちにとって見るに堪えないものであったとしても)に向き合う自由・権利・義務があること
一つ目のポイントに関し、考え方の傾向が両極端に分かれたのは興味深い事実です。そのことから、家族やACの人たちの多様性、共感の必要性と罠、世話焼きと奉仕の違いなど、さまざまな話題へと広がりました。
話されなかったポイントも、この先また触れる機会があるでしょう。
自分が何に対して無力であるのか分からなかった始まり
ミーティング後の雑談の中で、私が長らく自分が何に対して無力であるのか分からなかった、という話になりました。
その時すでに父は亡く夫はソーバーであった私にとって、アルコールは差し迫った問題ではなかった。けれども私は闘い続けていました。
それは私たち夫婦の生き方がもたらした経済苦であり、家庭不和であり、親との断絶であったとも言えます。しかし私が絶対に諦めたくなかった本当の闘いの相手は、そうしたアルコホリズムの影響による結果ではなく、自分が思い描く通りの結果が出せない「親の二の舞である私」という現実であったのです。
次回の予定
先月予告した「否認」に関する質問に入る間もなく終了の時間となってしまったため、10月のスタディは主に「私たちの回復を阻む否認」をテーマとして進めることになりそうです。
10月5日の日曜日20時、皆さんのご参加をお待ちしています。
参考文献
AA, 2002, 『アルコホーリクス・アノニマス』 AA日本出版局訳, AA日本ゼネラルサービスオフィス

